プランの流れ
平成27年7月世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」。8県11市にわたる23資産の中でも近代化の原点といわれる萩の5資産の位置づけや、吉田松陰がわが国の工学教育に果たした役割、23資産全体を映像やパネル、アニメーション等を使ってわかりやすく楽しく学べる施設です。世界文化遺産の現地を訪れる前にお寄りいただけると、いっそう世界遺産めぐりが楽しくなります。
毛利輝元が萩城を築いて以来、260年間にわたって栄えた萩の城下町。藩の政治・行政の中心であった萩城跡、身分の高い武士の重厚な武家屋敷等があった旧上級武家地、当時の商業活動の様相を今に伝える旧町人地などがあります。夏みかんがのぞく土塀やなまこ壁、鍵曲など、町並には今なお城下町の風情が色濃く残っています。
吉田松陰が主宰した私塾。吉田松陰は、塾生の身分や階級を問わず教育を行ないました。門人への指導期間はわずか2年余りでしたが、幕末の動乱期に活躍した多数の志士たち、明治維新の新しい国づくりに重要な役割を担った数多くの逸材がここから輩出されました。
幕府の要請や木戸孝充の意見により、萩(長州)藩が設けた造船所の遺跡。西洋技術の情報と伝統的な和船の建造技術を使って2隻の西洋帆船を建造しました。現在も当時の規模の大きな防波堤が残っています。
反射炉は、鉄製大砲の鋳造に必要な金属溶解炉。この萩反射炉は、西洋式の鉄製大砲鋳造を目指した萩(長州)藩が、安政3年(1856)に建設した炉の遺跡です。先行して建築された佐賀藩の反射炉のスケッチを元に試作的に建設したものです。反射炉の遺構は萩のほか韮山(静岡県)と旧集成館(鹿児島県)にあるだけで大変貴重な遺跡です。
砂鉄を原料に、木炭を燃焼させて鉄を作っていた製鉄所の跡。近世のたたら製鉄の歴史を知るうえで貴重な遺跡です。萩(長州)藩が建造した軍艦、丙辰丸には、ここで生産された鉄が使用されたと記録されています。日本独自の技術が西洋式造船に役立てられたユニークな近代化の事例として注目されています。